本書は一般的な釣り場ガイドブックとは一線を画していて、魚をガツガツと釣りにいくためのものではありません。あくまでも釣りを旅の一部と位置づけて、釣り場周辺の「そば屋」、「温泉」、「道の駅」、「キャンプ場」、「宿」などの情報を詳細に調べてまとめた、楽しい釣り旅を目指すための本です(総400ページ、写真212点というガイドブックとしては異例のボリュームです)。釣りという遊びは、魚が釣れてこそ楽しいことは間違いありません。だからこそ釣り人は技術に、道具に、場所にこだわるのでしょうが、問題は「釣れないと楽しくない」という負の側面で、釣れないと、旅そのものが楽しくなくなってしまうことです。時間とコストを掛けた旅が「釣れない」という1点だけで、ツマラなくなってしまうのはあまりに切ない。かつて開高健は「退路のない戦いはしてはならない」と語りましたが、本書はまさしくその退却方法について書かれた本です。釣れなかった場合のことを想定して、そば屋、温泉、道の駅、キャンプ場、宿などが充実した釣り場が選ばれています。釣りが生物相手の遊びである以上、いつでも爆釣なんてことはあり得ません。釣り人は夢を追いますが、現実的には「思ったように釣れない」ことの方が多いのが、日本の渓流釣りの実態です。本書は「楽しい旅」を目指す釣り人にお薦めしたい、山釣りの総合ガイドブックです。
山釣りの旅案内 そばとふらいふぃっしんぐ 東北、北関東、信越編
自然や生物相手の釣りという遊びには、いつも同じ場所でやり続けることでしか見えてこない定点観測的な楽しみがある。一方で釣りは、明らかに冒険の一形態でもあり、見えない一瞬先の光景や体験を求めてするものでもある。どちらのタイプの釣りが好きかは人によって異なるだろうし、どちらも好き、という欲張りもたくさんいるだろう。
いつも釣っている川には、気の合う女将を相手に飲む、行き慣れた居酒屋のような安心感がある。女将に、憎からず思っている客が他にいると分かっていても、新しい店を開拓しようとしないのは、別な店の扉の向こうにどんな世界が広がっているかが不安だからだ。居心地が悪かったらどうしよう、常連ばかりでイチゲンさんは相手にされないかもしれない、ボラれたらどうしよう、などと思って、ついつい、いつもの店に足を向けてしまう。新しい釣り場に興味がありながらも、なかなか新規開拓をする気にならない釣り人は少なくない。ガイドブックの使命とは釣り人に旅のロマンを与えるきっかけ作りと、初めての釣り場へ向かう際のちょっとした安心感なんじゃないかと思う。本書が未だ見ぬ新天地への誘い水としての役割を果たしてくれるといいな、と思っている。